巷で噂の「新型コロナウイルス感染症 COVID-19」。
そのまん延・拡大状況は、衆目の関心事のひとつなんじゃないかと思います。
関連して様々な人たちの観察や分析、評価、見解、意見などが飛び交い、行政も各々が場当たり的に「警戒レベル」なんてものを編み出しては注意喚起に明け暮れて来た中で、当初から「実効再生産数」という数字が、まん延・拡大の現在状況を評価し、その後の対策・施策判断の拠り所とするための重要指標、あるいはコントロールされるべき指標として、感染症・疫学分野を中心とした人たちにより頻繁に語られ、伝えられてきました。
このことに、私は極めて強い不快感を抱いています。
以下、その不快について放言します。
素人考えにつき有益な情報は含まれないかも知れませんし、マイナス感情の吐露ですので同じく不快な思いをされたくない方は読まない方が良いでしょう。
そういうことであっても「実効再生産数なんていうものにごちゃごちゃいう素人というのには一体どういうことを考えている人がいるのだろう」と思える方は、是非お読み下さい。
実行生産数にまつわる私の不快や考えを語るための資料として、「COVID-19 各種データ勝手グラフ化 国内感染の状況(実効再生産数)」というページを設け、実効再生産数の推移をグラフに示しました。
ここで描かれている実効再生産数はその定義から厳密に求められたものではなく、東洋経済オンラインのダッシュボードサイト*で採用されている簡易式で導出されたものです。しかしながらその式は「専門家」の一人たる西浦 博氏監修*によるものであり、同指標で標準的らしい「Coriらの方法」による導出と良い一致を見ることが、防災リテラシー研究所なるグループ(正体不明)から報告*されているようです。
そのような状況から、本来の実効再生産数がどれほどのものであるにせよ、目下社会で語られている実効再生産数はこの簡易式によるものと大きくは乖離していないだろうと推察します。でなければ東洋経済オンラインによる掲載の継続は、実効再生産数の信用を貶める不適切な情報の発信としてその筋の人たちから非難の対象となっていて然るべきでしょう。
東洋経済オンラインの説明では「精密な計算ではないこと、報告の遅れに影響を受けることに注意。」とありますが、一方で「精密で報告の遅れに影響を受けない計算」の成果が広く共有されてきていないことも念頭に置く必要があります。
事程左様に声高に語られる指標でありながら、実効再生産数の履歴情報を一般に向け継続的かつ全国網羅的に公開提供してくれている情報源はあまり多くないように思えます。値の重要性・妥当性を共有する前提となるはずの「実績」情報が、積極的に整理・提供されてきたようには見受けられません。そのような中で、簡易式といえど東洋経済オンラインは貴重な情報源です。
随所で漏れ語られている言葉から推察するところでは、どうやら、現在状況がタイムリーに反映された実効再生産数を厳密な方法で求めるのはかなり難しいようです。「精密で報告の遅れに影響を受けない計算」の成果を広く共有したくても、できない、ということなのかも知れません。
現実にできない仕事は机上の空論です。もしかして将来出来るのだとしても、今できていなければ(その方法論が既に確立され実行可能なものでなければ)、現実の問題に向き合う上で役に立ちません。少なくとも重要な役割は預けられません。
簡易式は妥協の産物であったとしても、今得られる次善の武器と言えるでしょう。それが使える指標なのであれば。
この簡易式の定義は「(直近7日間の新規陽性者数/その前7日間の新規陽性者数)^(平均世代時間/報告間隔)」と、西浦某氏の尽力の甲斐あって大変シンプルなものです。
一見微妙に複雑そうですが、実のところ「平均世代時間」や「報告間隔」は定数なので、実質「(直近7日間の新規陽性者数/その前7日間の新規陽性者数)^(定数)」です。
定数乗は(本来盛り込みたかった意味はさておき)結果として正規の実効再生産数に値を近づける辻褄合わせの効果を持つだけの演算です(倍数程度の意味です)。数字の絶対量に意味を見いださず、傾向を見るだけなら、必要ありません。意味を見出したところで実態に即した使いようは共有されてませんし、そもそも「1人の感染者が平均して何人に感染させるか」など観測のしようのない想像上の数字で、合わせる意味は大してありません。利用時に定数乗すればよいだけのことです。
そうすると式は単に「直近7日間の新規陽性者数/その前7日間の新規陽性者数」になります。
昨今ニュースなどで「直近7日間平均でみた1日あたりの新規感染者数はおよそ339人で先週のおよそ6.2倍です。」などと表現されているものがまさにそれです。「実効再生産数」という表現では社会に対して説明にならないことに、あのマスコミでさえ気づいたわけです。
結果。「実効再生産数」などともったいぶった名前で呼ばれていても、その実態は単なる移動平均の増減率です。
この程度の式は中学生レベルの知識で容易に理解し、片手間程に計算できます。繰り返しの面倒を厭わなければ電卓でも計算可能でしょう。私自身でも検算し、東洋経済オンラインのものと一致することを確認しています。
その定義上、新規感染者数の過去履歴のみを使って計算され、新規感染者数(の移動平均値)が一週間前より増えれば大きくなり、減れば小さくなります。
社会状況などその他のパラメーターは一切加味されません。もちろん制御パラメーターなど含まれません。なので明日のことは読めないし、明示的にコントロールもできません。表現しうるのは新規感染者数の過去の変化履歴だけです。変化の傾向が既知であれば一定明日の動向予想にも資するでしょうが、そんなものは神しか知りません。どうすればコントロールできるのか、そのヒントも与えてくれません。
因果関係は「新規感染者数→実効再生産数」です。変化は必ず、実観測値である新規感染者数が先行します(それしか見てないのですから)。実効再生産数をコントロールするには新規感染者数をコントロールする必要があります。逆ではありえません。新規感染者数をコントロールするべきなことなど自明で、わざわざ口にする意味は全くありません。いわんや「専門家」が。
これらのようなことは、高校程度の論理思考で考えれば自明ではないかと私には思えます。
もし理解には高度な学識を必要とし、私程度の人間の理解は及ばないのだとするのであれば(そういうことは当然いくらもあります)、それでも私とてこの国の平均と比べて極端に思考力が劣っているとは思っていませんので、そのような人間でも納得できるよう、「実績」を示して頂く必要があるでしょう。科学を重んじる立場から。医学の心得はなくとも患者は医者を選ぶのです。いかに学識があろうと、治せない医者に用はありません
そこで実効再生産数の履歴グラフ*を見てみれば、次のようなことが見て取れます。
値のバタつきやパラメーター不足など、指標としての妥当性自体にも疑問がありますが、それらに増して、諸々の点で読解の難易度が高すぎると思えます。これは大きな問題です。
繰り返しになりますが、実効再生産数は常に先週の新規感染者数と照らして読まなければなりません。そういう読解を、読み手が都度行わなければなりません。
またその変化は、感覚的な誤読を誘いがちに感じられます。「頭が悪い」という向きもあるかも知れませんが、こういう「感覚」は、危機管理の場において極めて重要です。誰もかれも忙しい過酷な現場で、「感覚的に平易に、かつ的確に把握できる」ことが判断ミスを防ぎます。また社会意識の共有においても、誤読は様々な弊害を招く障害にしかなりません。
判断を簡素化するための「指標」です。読解や誤読に意識を占められるようでは意味がなく、指標としては致命的です。そのような指標から、実社会の危機レベルを的確に汲み取ることができるとは私には思えません。我々はもちろん、行政の指揮者たちも、所詮人間です。
そのような実効再生産数はまた、その「使い方」がろくに語られません。
「1人の感染者が平均して何人に感染させるか」など「概念」の説明はしばしば目にしますが(それも実体が薄く揺らいだ曖昧なものですが)、求めた実効再生産数を実際の現実社会にどのように当てはめ、評価し、活用していくのか、新規感染者数の動向予測や対策方針策定にどう役立てることができるのか、具体的なことを述べているところを見聞きしたところがありません。前述の通り、実効再生産数では明日のことは読めないし、明示的にコントロールもできません。何に使えるのでしょうか。
またこれも前述の通り、実効再生産数は単独では評価不可能です。それでは他に何と何の指標を合わせて勘案し、どう実地に読み取ればいいのか、そういうことの説明も目耳にしません。
分野外の人たちにとっては見知らぬツールなのに、「専門家」はそのツールの使い方を解説しません。我々が「今」欲しいのはそういうことの分かるツールであって、現実の実用に資さない机上の数字など「どうでもいい」。
日本科学技術ジャーナリスト会議での講義資料*などでは「「増えているか否か」「どのスピードで増えているか」が記述可能」と述べられているようです。ですが、そんなものはグラフなどで新規感染者数の変化を見れば定性として一目に分かります。定量としてもせいぜい簡易式程度で可視化でき、その程度の式は中学生でも別のアプローチから立てます。あれはもはや本来の実効再生産数とは似て非なるものです。わかりやすく簡単に使える別のツールです(有用かどうかはさておき)。難解な方にこだわる意義がどこにあるのか分かりません。
随分前に関連の研究者と思しき御仁がGoogle 「COVID-19 感染予測 (日本版)」の計算で利用されいていることを実績として主張なさっていましたが(事実かどうか存じませんが)、「当たる予測が出るようになってから物を言え」。そもそもその予測で使われているパラメーターは実効再生産数だけではありますまい。貢献度を分離して説明して下さい。
上述ようなことを承知しているのかどうか、感染症・疫学分野を中心とした一部の人たちは、実効再生産数というローカルの常識に固執し、社会との対話を怠っているように私には見えます。
社会で求められている「指標」というのは、学者や特定業界の人たちが学識や信仰を振りかざすためのものではありません。そういう人たちと一般社会が意思疎通するためのツールです。一般社会に理解あるいは納得されない指標など価値はありません。判断材料にさせるのですから。玩具では済まされません。権威ではなく、論理なり実績なり、納得される「説得力」が必要です。
そのままで上手く伝わらないものは、翻訳の努力が望まれます。用語だって吟味が必要です。今般の騒動においては、「オーバーシュート」などの用語でも同じ根を持つ問題を生じていました。
私は無線技術分野を主フィールドにしていた人間ですが、義務教育で教わる「電圧」や「電流」のようなものはさておき、今や身の回りに溢れている「周波数」という用語でさえ、物理に不案内な人に対して厳密に本来の意味で用いる場合には大なり小なり神経を使います(充分かどうかはさておき)。そうであるのは私だけではないと思います。自国語を振りかざしてばかりでは意思疎通はかないません。
専門家、なかんずく国や行政に招聘されて意見を述べる立場の人達は、ただの専門バカではなく、各分野を代表し、言語や文化の違いを緩衝して、分野外の人達と意思疎通することをその任としているはずと思うのですが、違うのでしょうか。報道分野の人達は意見や情報を求める際に、そういうことのできる専門家を選ばないのでしょうか。
前節までのことも含め、今般の「専門家」の的外れっぷりは、前線で指揮を取る立場の和歌山県知事なども度々強く指摘なさっているところです。
以上を受けて。私は実効再生産数という指標について、次のように考えています。
感染のまん延・拡大状況についてある種の加速度(的なもの)やフィードバック係数の過去履歴を表現しており、全く的外れな指標・概念とは言わない。
しかしながら、その指標・概念は共有される分野が限定された特殊なものであり、一般に共有・理解され、求められているものではない。政治・行政を含む外社会との対話においては説明や翻訳、類似概念での代替努力が必要。
業界内で過去の推移を振り返り分析評価する際に用いられる分には差し支えないが、その性格上、また現実実態に照らし、単独では社会状況を踏まえた最新動向を的確に捉え表現しうるものではなく、現在状況の評価や対策・施策判断において分野外の人間が直接参照して的確に読み取り役に立てられるものではない。一般に対して感染のまん延・拡大状況を語るには新規感染者数の推移を見るだけで充分こと足りる。
実績や表現力、認識共有などが不充分な数字をことさらに振りかざしてまことしやかに語るのは、国民を煙に巻き撹乱する不誠実で無責任な行為。科学への冒涜でもある。
以上。おつきあありがとうございました。お疲れさまでした。